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2017/07/19

ひでじビールは、延岡の名を世界に広めるためのツールの一つです

宮崎ひでじビール株式会社代表取締役 永野時彦さん



宮崎地ビールの代表格「ひでじビール」。居酒屋にひでじがあると嬉しくてつい注文し、宮崎県民とひでじで乾杯をするだけで不思議な一体感が生まれるー。ひでじビールを通してちょっとした郷土愛を醸成してきた方も多いのではないでしょうか。

ひでじビールを醸造する「宮崎ひでじビール株式会社」は、延岡市街から少し入った山の麓にあります。行縢(むかばき)山の渓谷美と清流のせせらぎ、可愛い鳥の声、全てを包み込むような雄大な自然は圧巻の一言。



行縢の山々に見守られながら、会社を取り仕切るのは社長の永野時彦さん。原材料から設備までも県内生産にこだわり、宮崎の未来まで見据えた事業展開も行っています。

数々の国内外のコンテストで金賞を受賞してきたひでじビールの優しい味は、永野社長の溢れ出る延岡愛、そしてビールを通して宮崎全体を盛り上げたいという熱意と努力の賜物でした。「本を3冊くらい書ける」という永野さんの盛りだくさんなビール人生のほんの一部に触らせてもらいました。


10年来の夢が叶った『宮崎産モルト100%ビール』


▲地場産品の新規商品をマーケティングする「宮崎農援プロジェクト」など、宮崎の産業を発展させるためのさまざまな仕掛けを行っている永野さん

宮崎ひでじビールは、全国でも珍しい自家培養酵母を使用、天然ミネラルウォーター、無添加、保存料や発酵促進剤などを一切使わない安心安全なビールを醸造しています。

2016年10月、新たなこだわりのビールが仲間入りしました。それは「YAHAZU PILSNER(ヤハズ ピルスナー)」。大麦栽培から機材まで全て宮崎産を使用、この宮崎では非常に困難と言われていた「100%宮崎産モルトビール」を実現した軌跡のビールです。

「100%宮崎産のビールを作ろう」と思い立ったのが10年前。それを形にするには乗り越えるべきハードルがあまりに多く、完成までに長い月日と苦労を要しました。


大麦栽培とタンク。大きすぎた2つのハードル



当時、宮崎では麦芽の原料となる大麦の栽培が行われておらず、まずは農家さんと組んで大麦を育てる段階からスタートしました。

大麦が栽培できても、次はそれを特殊な技術で発芽・乾燥させて「麦芽」にしなくてはいけません。大麦を麦芽化する技術は、大手メーカーしか持っておらずノウハウが公開されていませんでした。

「分からないなら自分たちで造ってみよう」。不屈のチャレンジ精神で、スタッフたちとともに、麦芽製造機械の開発を始めました。マニュアルも何もない中、手探りで実験や分析をしながら、夜な夜な失敗と試行錯誤を繰り返しました。

思い付きから10年かかり、ようやく「自家製麦芽」の加工に成功。一気に商品化につながりました。


尖った戦略で宮崎に人を呼び込む



10年かけて社員たちと一緒につかんだ夢。想いのこもった宮崎産麦芽100%ビールに「YAHAZU PILSNER(ヤハズ ピルスナー)」と命名しました。これは、行縢山の中腹から流れ落ちる「矢筈(やはず)の滝」のこと。そして、完全に宮崎県内飲食店限定の商品にしたのです。

永野「地ビールは全国に流通させたほうが売れます。でもそれをあえて“宮崎に来ないと飲めないよ”と尖った戦略で県内限定にする。ありえないと言われましたが、それをやるからおもしろいんです。

県内のご当地フードを作る企業が、こだわりの商品を同じような戦略で売ったとしたら、宮崎の流入人口が増えるのではないでしょうか。日本唯一のまちにするための先駆者になりたいです。」



ヤハズピルスナーが話題になるたびに、矢筈の名があちこちに飛び交うことにもなります。ひでじビールを世界中で売ることは、延岡の名を売るのと同じ。そして、延岡に観光客を引っ張ってくることも可能です。

永野「本当にお酒が好きな人は、醸造場を見に行ってみたいと考えるものです。ビールマニアの間で、行縢醸造所は全国でも訪れるのが困難なベスト3に入ると言われています。“ひでじを制覇したら、全国制覇したようなものだ”って(笑)。

今、クラフトビールの市場は世界的にかなり伸びています。その中で我々の技術が評価されれば、宮崎・延岡というキーワードを一緒に世界に持っていけます。延岡の名を世界へ轟かすための一つのツールとして、私たちがいるのだと思います。」


ただの地域連携では終わらない



醸造機械も宮崎産にこだわっています。大型タンクは通常県外の限られた企業に委託するところを地元延岡の業者に依頼。回りから猛反対されましたが、工業都市延岡の地元企業と連携し「オール延岡製タンク」を見事に成功しました。

永野「こんなもの地元で造れるわけがないと言われましたが押し切りました。延岡の溶錬技術は日本一ですから、工業技術の高さを信じていました。それを活かしたかったし広めたかった。結果素晴らしいものが完成しました。」

完成のプレスリリースからすぐに、その地元業者には大きな新規開発の業務依頼が舞い込みました。ただ地域連携で終わるのではなく、後々地元業者にもたらす影響まで見越しています。


人生のドン底を支えてくれた5人の社員と地元の仲間



前身の会社から続くひでじビールの伝統と技術を、大切に守り育ててきた永野さん。

前会社が不況に見舞われビール事業部撤退を決定したとき、なんとかビール醸造を続けたいと、事業を買い取る決断をしました。しかし現実は厳しく、会社が撤退を決めた事業での起業にどこの銀行も門前払い。そのときに助けてくれたのが、自分についてきた5人の社員と、地元延岡の仲間たちでした。

永野「この頃が人生の中で一番きつかったです。でも、この時についてきてくれた5人の社員と、地元の人たちが頼もしく背中を押してくれたおかげで、奇跡的に会社をスタートさせることができた。

私はあのときに一回死んだという気持ちでいますから、またこの仕事をさせてもらえることだけで本当にありがたいです。我々が宮崎にいる価値を見出し、延岡へ恩返しをするために日々働いています。」


守り抜きたい「ヒデジさんの心意気」



永野さんを支えているもう一つの柱は、前身会社の創業者西田ヒデジ氏の存在です。

永野「会社を立ち上げたとき、どうしてブランド名を変えないのかと多くの方に言われました。でも、こんな山中に工場を立てて地元に貢献したいというヒデジさんの想いは、やはり夢とロマンがあると思うんです。

その想いを引き継ぎたいと思いから、ブランド名も工場の場所もここにこだわっています。」

ヒデジ氏の自宅が立ち退き工事になったときには、処分するはずの床材を剥がして直営店の床に移したというほど、ヒデジさんの想いや功績を大切に守ってきました。

永野「ヒデジさんの大事な魂の延長線上に我々がいると思うと、ありがたいと思います。きっと今もヒデジさんは天国からチェックしているだろうから、怒られないような仕事をしたいですね。若い頃は怒られてばかりでしたから!」


自社だけの利益ではなく、地域エリアとしての利益にこだわる



自分の会社の利益をあげるだけでなく、延岡全体の発展に寄与している永野さん。現在は「延岡三蔵(みつくら)」のPRや地域イベントの主催など積極的に地域活動に参加し貢献しています。


▲延岡市内に日本酒・焼酎・ビールの醸造所が1社ずつ揃っていることから「延岡三蔵(みつくら)」を設立。ビール会社の社長とは思えないくらい、焼酎や日本酒の売り込みもしています

永野「自分だけの損得を考えず、誰かが言い出しっぺとしてやることで、延岡全体の底上げができていくと思っています。

地方には、昔からの流れがあって、人がいて、思いがあって、歴史文化があります。その全体感を大切にしていくことで、自ずと会社も成長させることができるんです。」


そして、挑戦は続く



あくなきチャレンジ精神で、さまざまなことに挑戦してきた永野さん。現在は県内4箇所の農家と組んで、九州では不可能と言われているホップ生産に挑んでいます。

永野「ホップの産地化に成功すれば、中山間地域の雇用の受け皿にできるかもしれない。そうなれば若者の移住の目的の柱になるかもしれない。そんな可能性に賭けています。

ホップが成功して山間地域で成り立てば、延岡だけではなく、出身地である日之影町にも貢献できるのではと楽しみにしています。」


九州に一歩足を踏み入れたら当たり前のようにひでじビールを飲む未来



「九州に一歩足を踏み入れたら、当たり前のようにひでじビールを飲む文化ができる」。そんな世界を作るのが、永野さんの目標です。

永野「毎日楽しくてしょうがないですよ。社員もみんな前向きです。うちの会社で仕事がしたくてUIターンしてきた人もたくさんいます。大変なこともありますが、延岡から本気で世界を目指すという絶対的な夢が、モチベーションにつながっています。

延岡も高速道路が開通したことで逆にストロー化現象が心配されています。ひでじビールはもちろん、のべおか三蔵のお酒の魅力で立ち寄ってもらい、延岡市内で飲んでいただければ、「もう車運転できないよね!」と宿泊をしてもらえます。そうすれば、結果的にまちが潤いますからね。

ひでじビールという商品を通じて、最終的には延岡を知ってもらい、来てもらい、感じてもらうための役割でいたいです。期待しててください、面白くなりますよ!」


(text:齋藤めぐみ)


プロフィール
永野時彦:日之影町出身。1996年よりひでじビールに勤務、2010年EBOにより「宮崎ひでじビール株式会社」設立、代表取締役に就任。原材料や設備等も県内事業者に拘りたいとの想いから、地域資源をフル活用した事業展開を行っている。地元酒文化を盛り上げる「延岡三蔵(みつくら)」の設立、「東京ガールズコレクション」等でのボランティアスタッフ取りまとめなど、自社の発展だけではなく延岡全体の発展にも尽力している。最近では市民団体延岡発祥チキン南蛮党としてチキン南蛮の日制定に貢献した。

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