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2017/05/17

PCさえあればどこでも働けるという短絡的な見方は甘かった

クラウドファンディングFAAVO 齋藤隆太さん



昨年11月、「クラウドファンディングFAAVO(ふぁーぼ)」を引っさげて、宮崎へ帰ってきた齋藤隆太さん。

「FAAVO」や「ふるさと納税F×G(エフバイジー)」、宮崎スタートアップバレーの運営など、宮崎の未来を担う世代として注目を集める一人です。

ある後悔からずっと宮崎を大嫌いだったという齋藤さん。今、宮崎に戻り仲間たちと東奔西走する背景にはどのようなストーリーがあったのでしょうか。


高校時代の「選択しなかった後悔」が今の原動力



宮崎市で育ち、高校は県内の進学校に進んだ齋藤さん。2年生で進路を選ぶとき、「好きな文系」に進みたかったのに、親や先生の言うとおりに「得意な理系」に進んでしまったことを、今でもずっと後悔しています。

齋藤「人から見たらくだらないでしょうが、“自分で選択できなかったこと”が今も強いトラウマとして残っています。たった一つの後悔が、学生時代の楽しい思い出を全て凌いでしまったんです。

少しのネガティブな感情がこれほどに心身をむしばむのなら、一つも後悔しない道を選んでいけばいい。人生の全てにおいて“選ばないと後悔する方”を選択していこうと心に決めました。」


豆腐一丁で食い繋いだ創業時代



社会人2年目、23歳の若さで同期たちとサーチフィールドを起業。家族や友達からは驚かれましたが、それも齋藤さんの「やらないと後悔する」という想いからでした。

齋藤「起業した頃は、とにかくがむしゃらでした。あらゆる人に頭を下げ、手を変え品を変えどんなことにも挑戦しました。

会社が軌道に乗るまでは本当にお金がなくて、29円の豆腐を食べて食い繋いでいました。役員メンバーとは何度も喧嘩しましたが、不思議と疑心暗鬼になることはありませんでした。“明日も生きる”というギリギリのところを共にしたから、今も離れていても絶対的な信頼関係があります。」


FAAVOがうまくいくほど感じた葛藤



そうして寝食惜しまず働いていた起業3年目、宮崎で口蹄疫が起こりました。東京から何もできない無力さを感じ、初めて自分の「故郷愛」を意識しました。そして2011年の東日本大震災。皆が故郷との絆を見直す中で、都市部にいる地方出身者が地元と離れていてもつながりを保てる仕組みがないことに気付き、「FAAVO宮崎」を立ち上げました。

FAAVOを立ち上げ4年半。気がついたら地元宮崎のために積極的に活動をする自分がいました。

齋藤「宮崎がダサいのではなくて、宮崎をダサイと思う僕自身がダサかった。今も昔も“宮崎”は同じ魅力をもってここにあったんです。昔の僕はそれに気づくことができなかった。」

しかし、活動が広がれば広がるほど、齋藤さんの中に葛藤が生まれていきました。

齋藤「東京でFAAVOの仕事をしたり、宮崎で地方創生のイベントを開いても、自分自身が地方に根を張って事業を展開するおもしろさや難しさを体験していないので、行動が伴わない苦しさを感じていました。

まずは僕自身が地域に根ざしてサービスに説得力を持たせたかったし、地方への本気度を示したかった。自らが移住し地方にオフィスを持つことで、FAAVOを地域ブランドとして一層引き上げていきたいと考えるようになりました。」


「東京じゃないとできない」ではなく「地方だからできる」働き方を見つける



クラウドファンディングを基盤事業として伸ばすという会社の方針とも一致し、信頼する役員たちに想いを理解してもらえた齋藤さん。宮崎スタートアップバレーの活動や常々Uターン移住を推奨していた責任感から、自分が生まれ育った宮崎市にこだわりました。

「今、宮崎に帰らなければきっと後悔する」。

今こそ会社と自分自身が成長するとき。その一心で、宮崎市の若草通りにサテライトオフィスを開設しました。

齋藤「若草オフィスは、東京本社の業務を補完するものではありません。本社と同じ重要な仕事もするし、頭も使う。ロジカルな“サテライトオフィス”ではなく、“もう一つの本社”です。

東京じゃないとできないではなく、地方だからできる働き方を模索して、会社全体の企業価値を伸ばす。“宮崎で働く”ことがビジネスで優位に動くというロールモデルになり、地方でも勝負できることを証明します!」


遠隔でチームを作る難しさ



そうして今年1月にスタートした若草オフィス。すでに「FAAVO宮崎」で200万円以上の成功案件が4件出るなど、齋藤さんの想定通りに結果を出しています。

しかし、東京と宮崎の遠距離で一つのチームとして仕事をすることは、思っていたよりずっと大変でした。

齋藤「オンラインで要件や気持ちを伝えることは論理的には可能だけれど、互いの声色や雰囲気までは伝わりません。顔を見て話せたら何でもないことでも、文字にすることで誤解やすれ違いが起こってしまう。遠隔で気持ちを一つにして仕事をする難しさを痛感しています。」

信頼関係を持って仕事をするために、東京にいる頃よりも積極的にコミュニケーションの量を増やすようになり、生の声を聞くことを大切にしています。

齋藤「元気?って確認するだけのことがすごく大事。以前よりずっとメンバーへの声かけを意識するようになり、丁寧に意思疎通をはかるようになりました。“パソコンさえあればどこでも仕事ができる”という短絡的な見方も変わりました。結局仕事をするのは人と人。“コミュニケーションさえあればどこでも仕事ができる”の方が正しいと思います。」


若草の名を全国に響き渡らせる



そして、自分たちの事業を伸ばすだけでなく、自身の青春が詰まった若草通りを盛り上げたいと考えている齋藤さん。帰省早々「若草通の落書きを消す!」と自らクラウドファンディングに挑戦、各メディアに取り上げられ話題になりました。

クラウドファンディングって何?と始めは驚いていた商店街の方々も、齋藤さんが身をもって結果を出したことで、理解を示してくれるようになりました。

齋藤「これまでまちを作ってきた方々に敬意をはらった上で新しいことを発想し、僕らが得意としているやり方を少しずつ提案しています。それを次の世代へとつなげていく。僕らは、上と下の世代、どちらの意見も分かる存在としてバトンを渡す蝶番(ちょうつがい)のような存在でいたいです。」


場所が人を変えるんじゃない、人が場所を変えていく



齋藤さんだからこそ夢にみる、宮崎の未来があります。

齋藤「若草通りを、日本一のクラウドファンディングの聖地にしたいです。クラウドファンディング=チャレンジですから、失敗に寛容で“この商店街に来れば何かしらのチャレンジができる”と、人が集まってくる場所を目指します。まずはそれを大成功させ、若草の名を全国に響き渡らせたいです。

自分が成長したから働く場所を変える勇気を持てた。場所が人を変えるんじゃない、自分が場所を変えていくんです。」

そして最後に、自信ありげにこう笑いました。

「今宮崎に帰ったことを後悔することは絶対にありません!」


(text:齋藤めぐみ)


プロフィール
齋藤隆太 宮崎市出身。法政大学卒業後㈱USENに就職。2008年㈱サーチフィールド創業。2012年「地域×クラウドファンディングFAAVO」を立ち上げ、現在全国67エリアで展開中。2016年クラウドファンディング型ふるさと納税「F×G(エフバイジー)」立ち上げ。

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